流通業業者のおかげで別々の市場がつながり経済が効率的に回り物価も安くなる。
目次
中間搾取ではない
流通業を指して「中間搾取」と言う人がいます。
農業や工業は具体的な商品を生み出していますが、流通業は何も生産しておらず、商品を右から左に持っていく間に利益を取ってします。
本来の生産者や消費者の取り分をかすめ取っている、不届きな存在だというわけです。
しかし、流通業が中間搾取だというのはとんでもない間違いです。
流通業者は安く買えるところで買って、高く売れるところで売る、それは確かです。
例えば、漁村で魚を買って山村に持って行って売る、農村で米を買って都会で売る、フランスでワインを買って日本でうる、日本で中古車を買って中東で売る、など。
もし、流通業者がないと
では、もし流通業者がいなければどうなるか。
内陸に住む人が海の魚を食べたければ、自分ではるばる海のそばまで足を運ばなければならない。
海の近くの町は魚が安いといっても、長い時間をかけて行き来すると、時間や費用がかさみます。
それよりも、流通業者がが運んでくる魚を買った方が結局は安上がりということは少なくない。
時間をかけても遠くの安い店で買うか、価格が高くても近くの店で買うか、それは消費者が決めることです。
また、漁というものは、大漁の時もあれば、さっぱりということもある。
魚は腐りやすいので、獲れ過ぎるとただで地域住民に配ることもある。
住民(=消費者)は大喜びだが、漁師(=生産者)はたまったものではない。
そんなときに流通業者がいれば、たくさん買い付けてあちこちに売りさばいてくれる。
漁師にすれば、自分のいる小さな町の需要だけでなく、町の外の大きな需要まで取り込むことができるのです。
流通業が存在しないときに比べて、流通業者が山村と漁村との間で商品を流通させているときは、漁村では魚の価格が上がり、山村では魚の価格が下がる。
そして、全体としては、そうして大きなひとつの市場にまとまった方が、公正な価格が形成され、社会の厚生も高まるのです。
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