自分の生活をヨガにするには、釈尊や過去の聖者たちがその道を歩まれたように、自分自身を信じ、自分自身を頼りとし、自己を救うものは自己のみであると気づき、自然法則を信じ、自然法則に従った生き方を始めることが必要です。

即ち、生命即神=自己即神=真実即神=自然即神=愛即神の生き方を、人間としての正しい生き方、この世に生を受けたものの最高目的であるという信心、生命が神であるという「信心」を自分の中に、育てていく生き方をすることです。

「生命が神である」という「信心」を育てるとは、「自己の中に神を見る」生活をするということです。

つまり自己自身(真我=大我=Big Self)が神であり、神と一体になった生き方が可能であり、自分(仮我=小我=Self)は、磨けばどれだけ尊く、正しく、清らかになるかわからない存在であるということです。

それ故、自己を限定的にみるのではなく、素晴らしい可能性を秘めた存在として、また、あたかも世界に二つとない大切な貴重な宝石を扱うかのように、自分を養い、扱うこと、自分にはその責任があるのだとし、、また、他の存在も同様であるという信心を深めていくことが大切です。

また、真実=正しさ=愛=自然(自然法則、宇宙法則、生命法則)が神であり、それに従えば、自然=健康・悟り・幸福・平和になり、救われるのであり(既に救われているという事実を悟るのであり)、真実そのものの生き方、自然・宇宙と一体になった愛の生きる方となるのであり、真実=正しさ=愛=自然、これ以外のものに従えば、逆のこと=病気・迷い・不幸・争いが自分にあらわれてくる、ということです。

真実に従う生き方とは、釈迦やジナ、キリスト、マホメット、モーゼ、老子、また過去の聖者や各宗教の開祖などのように、自他の一切のために、人事を尽くし天命にまかせる生き方をし、自分で真実を把握する生き方、天の意志・神の意志を識った生き方です。

また、これらの聖者のように、今なお、私たちの心に感動や勇気、真の智恵や聖なる愛を与え、心の栄養となって、肉体はなくても、私たちの心の中に蘇り、生きて下さっている方々と、一体になることでもあります。

真実は、時代や地域や個性によって表現の仕方や、説き方は異なりますが、皆、ひとつなのです。



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