次に、死の宣告を受けて、道場に入門した癌患者との問答を紹介します。
この人は完全に治ってしまわれました。

「何故、君は妙な顔をしているのだ。」
「医者から、あと三ヶ月の生命を言われました。完全に手遅れだそうです。死が恐ろしいのです。」

癌のみならず、病気にかかって死んだという人は、未だかつていないのだ。

君がもし病気と死とを直結して考えるのなら、それは病気に対する誤解であり、生命に対する屈辱だ。

生命の働きは自然の働きであり、自然の働きはバランス維持の働きであり、如何なる不自然なものも、その存在を許さないものなのだ。

病気を特別なものであると思っている間は、病の真意が分からない。

病気の実体について話してあげよう。

病は生活を通じて、自分の身についたアンバランスなものであり、同時に、無理、無駄、無用などの生命の働きのブレーキになるものを排除する生命の働きなのだ。

すなわち本来の自然性に復帰しようとするバランス回復の生命運動を、体を通じて行っているものが病なのだ。

病名別ができてしますのは、その人の一番無理をかけているところへ、不自然排除法としての症状が、それぞれ別の形で現れるからなのだ。

その人がどういう異常な姿勢や血液を持っていて、ホルモンや神経の働きがどのような異常条件を持っているかによって、症状が違ってくるのだ。

これで君の病に対する解釈の間違いに気づいたことだろう。

しかも死につながっていると思っていた病名は、実は死ぬ方へ導く生命の働きではなく、死ぬことから守っている感謝すべき生命の働きであるという真理も分かったことだろう。

これが病に対する「悟り」なのだ。



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